思わずムッとすることは無いですか?
きっと誰でも経験ありますよね。
それどころか、激しい怒りを感じることだって少なくないかもしれない。

社会では、本当に色々なできごとが起きますし、様々な人がいますから、一日に何度も激しい怒りを感じてしまうことだってあり得ますね。
しかし、激しい怒りをストレートに表現すれば人間関係を壊しますし、ひどい場合は暴力沙汰にまで発展しかねません。

怒りは、誰にもオトクでは無いということですね。
怒る方も怒られる方も、どちらも損することばかりです。
こんなに損な怒りの感情を、ではどうやってコントロールしたらいいのか?

怒りの感情はどういうときに生じますか?
例えば、電車のホームで並んでいていざ乗車しようとすると、いきなり割り込んでくる人が居る。
ムッとしますよね、たいていの場合は。
激しく怒る人だって居るかもしれません。

では、このようなときになぜ怒りの感情が生じるのでしょうか?
原因は『観念』です。あるいは『価値観』と呼んでもいい。
ここでは『観念』で統一しますね。

僕たちはこころの奥底に、たくさんの『観念』を持っています。
さきほどの電車の例ですと、「ちゃんと並んで乗車するべきだ」という『観念』を持っていたりします。
ところが目の前に、その『観念』に反するできごとが起きてしまう。
自分の『観念』に反するできごとは、許せないんですよ。

だから思わず、ムッとしてしまうんですね。
『観念』が強固であればあるほど、『観念』と目の前のできごととの相違は大きなものに成りますから、怒りも一層激しいものになります。

ここでのポイントは「思わず」ムッとしてしまう、という点にあります。
目の前のできごとにアレヤコレヤ考えて怒る、というよりは瞬間的に『反応』して怒ってしまうんですよ。
ご自身が怒ったときのことを振り返ってみても、思いあたるフシがあるでしょう?

そう、僕たちは『反応』して怒るんです。
そしてその『反応』こそが『観念』によって引き起こされている。

『反応』は、自らの意思で選んだ感情ではありません。
『観念』によって、思わず反射的に、怒りという感情を選択させられているんです。
そこには、感情を自ら選ぶという『自由』が無い。
それは、感情の奴隷のようなものです。

一方で、『反応』さえしなければ、思わずムッとすることは無く、落ち着いてどのように対処すればよいか分かります。
それは自らの感情を選ぶことのできる『自由』な生き方です。

これから先も感情の奴隷として生きるのか、それとも自ら感情を選択して『自由』に生きるのか。。
やっぱり、『自由』な方がいいですよね。

では、どうしたらいいのか?
『観念』の存在に気づくことです。
思わずムッとしてしまったときに「いま自分はなぜ、怒りの感情を持ったのだろうか。。?」と、自分に問うてみるんです。

すぐに答えが出なくとも、何度も考えているうちに「あ、コレだ!!」という『観念』が見つかります。
『観念』が見つかったら、あとは「自分はこんな『観念』を持っているんだな」と意識しておくだけでOKです。

ムリに『観念』を手放そうとする必要はありません。
ただ、自分の中にある『観念』に気づいていればいいんです。

すると『観念』は次第にパワーを失ってきます。
怒りの感情を反射的に引き起こすチカラが弱くなっていくんです。
そしてやがては『観念』を超えて、自由に成ることができます。

つまり、ムッとしたときは、自分の中にある『観念』に気づくチャンスということですね。
『観念』に気づき『観念』を超えて、自由な人生を歩みましょう!

あなたの今日に穏やかなこころが訪れますように(祈)

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投稿者: minamo

■地方の国立大学を卒業して、大手化学系企業に就職 ■かつて、うつ病で苦しみ彷徨い、真の幸せを探究する ■2020年7月に『いのちの本質』に気づく ■瞑想、散歩、読書を愛するアラフィフ世代

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