2011年に『ワンネス』の気づきが訪れて以来、僕は、ずっと、いわゆる『悟後の修行』を歩んでいました。

その間、ツラいことやら何やら、本当に色々なことがあったけど、それでも「すべての経験は必然」だと、いまは想えます。


それは本当に長い道のりだったけど、今月に入り、『ワンネスの世界』と『実社会の世界』の統合が起きたことを確信しています。

ここでいう『統合』とは、実社会での生活を営みながらも、『大いなる存在』を観じて生きるということです。

あるいは、自身が『大いなる存在』であることを、間断なく観じて生きるということです。



最近の僕の生活でいいますと、早朝に散歩をするんですね。

散歩道で、例えば、水田の傍を通りかかった場合、どのように感じているのか?

眼前にのびやかに広がる水田。そして、爽やかな風になびく稲たち。。


じっとそこに佇んでいると、その稲たちがまるで僕自身のように観じるんです。

それどころか、眼前に存在するものは『稲』であるという感覚さえ、無い。


ただ、すべてがありのまま、そこに存在していて、稲も僕も無くって、ただただ静寂が在る、という感じです。

それでいて、散歩を再開する際には、瞬時に、個人としての『僕』を発動して歩き始める。

そして、ゆっくりと歩んでいると、すぐに『僕』と『周囲』の境目が無くなる。

でも、傍から見るとフツウに散歩してる、ただのおっちゃんね、という感じなんです。

『統合』のことを、なんと言ったらいいんでしょうね。

『ワンネスの世界』と『実社会の世界』を適宜、行き来できる。

あるいは、両者が柔らかく溶け合っている。

そんな感じですかね。

色々と書きましたが、『ワンネスの世界』は、いまも、これまでも、そしてこれからも、あなたと僕の傍らに在ります。

傍らどころか、あなたの内奥に、同時に、僕の内奥に在るんです。

そして、それは決して変わることの無い真実です。

その真実の『息吹き』を、日常の中で観じてみてくださいね。では。

あなたの今日に真実が啓きますように(祈)

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投稿者: minamo

■地方の国立大学を卒業して、大手化学系企業に就職 ■かつて、うつ病で苦しみ彷徨い、真の幸せを探究する ■2020年7月に『いのちの本質』に気づく ■瞑想、散歩、読書を愛するアラフィフ世代

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