僕たちは普段、『いつもの自分』を生きています。

『いつもの自分』は五感で感じて、何かを考えて、そして、喜んだり泣いたり笑ったりする。

そして、『いつもの自分』が、間違いなく、ここに居る、という感覚で生きるのが、ごく当然の感覚です。

ところが実は、『いつもの自分』とは異なる『もうひとりの自分』というのが在るんです。

2011年のある日、僕はそのことに突然気づきました。

そして『もうひとりの自分』は静かで穏やかな存在でした。

それは『いつもの自分』とは全く異なる、まさに平安の世界。

それでいて『いつもの自分』は『もうひとりの自分』そのものでもあったんです。

理屈の上では破綻しているような表現ですが、ご容赦くださいませ。

さて、この気づきの直後、数週間はなんともフワフワした感じでした。

「ああ。。ついにゴールだ。苦しみの終了だ!。。」と歓喜の中に居たものです。

その解放感というか至福感といったら、まさに言いようのないものでした。

ところが、その至福の時の後には、新たな苦しみが待っていたんです。

『もうひとりの自分』は静かで穏やかで平安の世界。

対して『いつもの自分』は気ぜわしく、騒がしい世界。

一見、相反するこれらの世界のあまりの違いに、困惑し幻滅する自分が、そこには居ました。

まったくもって、自我としての『いつもの自分』が前面に出て、苦しんでいる状態です。

せっかく気づきが訪れたのにもかかわらず、今度は、『気づいた自分』が新たに『いつもの自分』になったようなものです。

こんな感じでね、困惑、幻滅したり、「もう、社会生活を捨てて山籠もりでもしようか」と考えたりね、本当に不安定な状態だったと思いますよ。

当時、つまりは『ワンネスの世界』と『実社会の世界』の統合がされてなかったというわけです。

その後数年をかけて、少しづつ両者の統合が進み、2020年7月に入り統合がひとまず完了したことを確信しました。

さあ、これから僕はどうなっていくのでしょうか。

少し刺激的で楽しみでもありますが、不安はありません。

『大いなる存在』である『もうひとりの自分』にすべてをオマカセした上で、日常生活を生き切るだけです。

あなたも、もしよろしければ、日常のふとした瞬間立ち止まって、『もうひとりの自分』の息吹を観じてみてくださいね。では。

あなたの今日にやわらかな歓喜が訪れますように(祈)

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投稿者: minamo

■地方の国立大学を卒業して、大手化学系企業に就職 ■かつて、うつ病で苦しみ彷徨い、真の幸せを探究する ■2020年7月に『いのちの本質』に気づく ■瞑想、散歩、読書を愛するアラフィフ世代

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