この世では本当に色々なコトが起きますね。

うれしく楽しいことばかりなら良いのですが、実際にはツラくて苦しいことも山盛りです。

いや、ツラくて苦しいことしかない、という御方も居るのかもしれない。

このように見ますと、世の中には色々な生き方があるようにも思えます。

しかし実は、この世では本質的には、生き方は2つしかありません。

一つ目は、『自我』に振り回される生き方です。

『自我』は、喜んだり楽しんだり、泣いたり笑ったりと様々な感情表現をしますね。

感情だけでなく、アレコレと思考もする。



そして、感情や思考をする『主体』が、『自我』そのものである、と信じてやまないのがこの世の多くの生き方です。

しかしその生き方は、喜んだり楽しんだりしている時は良いのですが、ツラく苦しい時は大変です。


なにしろ、『自我』こそが『自分』だと思っているわけですから、
「苦しんでいる自分が、いまここに居る」という感覚が非常に強いです。

だから、苦しみも強いものとなります。


『自我』こそが『本当の自分』であり、『自我』こそがこの世の行為の『主体』だと信じてやまない態度が、ご本人の苦しみを倍増させているというわけです。

なにも、その生き方を非難しているわけではないですよ。

そのような生き方は、かつての僕もガッツリやっていましたし、そのような生き方をしてしまう理由も、人それぞれあるんですよね。


だけど、ツラくて苦しくて、「もう、そんな生き方を卒業したい!。。」と思うようになったなら、もうひとつの生き方があります。

それが、ワンネスな生き方です。

実はこの世は、一見、さまざまなものに『分離』しているように思えます。

あなたとわたし、自分と周囲、男と女、善と悪など。

物質としての存在から、抽象概念にいたるまで「何かと何か」に分離させて、僕たちは生活していますね。


フツウの社会生活を営む上では、便利なものですが、これが苦しみの原因にもなっているんです。

「世界から分離した自分、相手から分離した自分が、いま苦しんでいる。」

「苦しんでいる自分は、確かにいま、存在している。」

そのような感覚が苦しみを増すんです。


ワンネスな生き方は、これらの『分離』を超えて生きることです。

本当は、すべて根っこでつながっている。

本当は、すべてひとつである。

本当は、いのちの根っことしての大いなる存在は、自分自身である。


これらのことに気づいたならば、ワンネスな生き方の第一歩が始まります。

気づきへの道には、愛の道、瞑想の道、感謝の道、苦しみ極まる道。。と色々ありますが、大切なのはどれもゴールは同じということ。

もっと言えば、実は、道さえ無い。

いまこの瞬間に、あなたの『本質』を想いだすだけでいいんです。

カギはリラックスにあります。

深呼吸して、カラダのチカラを抜いて、思考の向こう側を感じてみましょう。


かつて、僕が苦しみぬいていた時も、苦しみ極まったその先に、思考が吹っ飛んだその先に、気づきがあったように想います。

緊張していることに気づいたら、リラックスしてみる。

その習慣を続けることで、覚醒への道が啓けるかもしれません。

どうか、いま、あなたに。。気づきの扉が啓きますように(祈)

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投稿者: minamo

■地方の国立大学を卒業して、大手化学系企業に就職 ■かつて、うつ病で苦しみ彷徨い、真の幸せを探究する ■2020年7月に『いのちの本質』に気づく ■瞑想、散歩、読書を愛するアラフィフ世代

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