その人のこと、本当に好き?

本音で生きていますか?

自分で「これが自分の本音だ」と思っている、その『本音』は本当ですか?

なんでこんなコトを聞くかというと、僕自身、自分で自分の本音が分からなくなっていた時があるからなんです。

かつて僕があるプロジェクトリーダーをしていた時のことです。

当時の僕は「自分はメンバーのみんなのことが好きで信頼しているんだ」と思っていました。

実際、ケンカや対立は無かったし、プロジェクトもそこそこ上手く進捗していた。


でもね、いまだから分かるんですけど、メンバーの一人を僕はひどく嫌っていたんです。

当時は、そのことに気づけなかった。

「こうあるべき」が恐ろしい

当時の僕はこころの奥底に「人を嫌ってはいけない」・「誰とでも仲良くするべき」という思い込みがあった。

その思い込みは無意識下に押し込められていたわけですから、当然、当時の自分は気づきようもなかったんです。


要はいい人だと思われたかったわけですね。

あるいは対立を恐れていたとも言えます。

なので、いつの間にか無意識のうちに、その人のことを好きなんだ、と自分で思い込んでいたんです。


「こうあるべき」という固定観念は、怖いと思います。

自分の本音が分からなくなるばかりか、本当の本音と真逆の生き方をしてしまうこともあるわけだから。


そういえば、当時の僕はなんかよく分からない『違和感』を感じてはいました。

その『違和感』こそが、自分の本当の本音の叫び声だったんでしょうね。

人生の最後で後悔したくない

本当にその人のコトが好きならば、一緒に仕事をすれば、楽しくて快適なはずなんですよ。

でも、楽しくて快適でないならば、その「好き」という思いは、ウソなのかもしれません。


あるいは、自分はその人のことを嫌いなのに、そのことを周囲の人に知られるのを恐れているのかもしれない。

その『本音』が本当の本音なのか。。いまいちど、疑ってみる必要がありそうです。


だってね、自分の本音を隠して生きて、人生の最後を迎えたらどうしますか?

きっと、めちゃ後悔すると思うんですよね。

「ああ。。自分は本音で生きてなかった」

このように後悔しても、死期はすぐそこに迫っているとしたら、考えただけでもゾッとします。


その人のことを好きなフリして、表面上の対立は避けられるかもしれません。

しかし、無意識下でガマンを積み重ねているのだから、いつか限界を迎えると思いますよ。

限界を超えたとき、そのエネルギーが外側に向かえば暴言・暴力になるし、内側に向かえば、精神を病んでしまう。

昔の僕がうつ病になった一因に、本音を隠す生き方があったと思うんです。


いずれにしても、死ぬときに後悔するのは、想像を絶する苦しみでしょう。

だから、自分でも常日頃、自分のこころの声をしっかり聴いて、生きたいと思います。


みなさんは、どちらの道を選びますか?では、またね。

あなたの今日が柔らかく輝きますように(祈)

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投稿者: minamo

■地方の国立大学を卒業して、大手化学系企業に就職 ■かつて、うつ病で苦しみ彷徨い、真の幸せを探究する ■2020年7月に『いのちの本質』に気づく ■瞑想、散歩、読書を愛するアラフィフ世代

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