元に戻りたい病

幸せになりたい!!。。当時の僕は真剣にそう思っていました。

うつ病により半年ほどの休職を経て、なんとか職場に復帰するも、以前のようにはいかない。

アタマはぼうっとしているし、集中力もヤル気も起きない。


エクセルひとつ立ち上げるのに、一時間かかるような状態でした。

よくもまぁこんな僕を、職場の周りの方々は気長に見守ってくれたと想います。

厳しい職場だったら、とっくにクビになっていたと思う。

あらためて、感謝です!


とにかく当時の自分は「何とか元のように頑張れる自分に戻りたい。。」と思っていました。

だけど、実はその「元のように戻りたい」という考え方が、そもそもの誤りだったんです。

これまでと違う生き方をする

「元のように戻りたい」という想いは、僕もそうでしたし、多くの方が陥る考え方です。

僕のこころの中を分析すると、当時の僕は『うつ病で仕事に穴をあけた自分』を完全には受け入れ切れてなかった。


あるいは、『うつ病で会社の評価が下がった自分』や『うつ病で同期やライバルに差をつけられた自分』を認め切れていなかった。


「うつ病は何かの間違いで、しばらく頑張れば、以前と同じような日常が来る。。」と思っていたフシがあります。

でもね、客観的にみて、それはもうムリなんですよ。

いきなり仕事に穴をあけて、半年も休職して、しかも、復職したらエクセル立ち上げるのに一時間かかる。


こんな状態で、以前と同じ日常生活を送れるわけないんですよね。

いえね、送れるようになるために努力して頑張ることを否定しているのではないですよ。


僕が言いたいのは、ここまで大きく体調を壊したんだったら、一度、これまでの生き方が誤っていたのではないか、と疑ってみる必要があるんじゃないか、ということなんです。


そして、これまでと違う生き方をする。

本来の自分に合った生き方をする。

自分の本音を大切にして生きる。


こんな風に生き方を転換する必要があるんじゃないかな。


僕自身、幸せを追求して色んな本を読み、自己分析をしていくうちに、気づき始めました。

「ああ。。これはもう、従来の生き方では通用しない。」

「今回のできごとは、生き方を大きく変えるチャンスだ!」

このように考えるようになったんです。

『○○すべき』を手放す

当時は、心理学・哲学・宗教・精神世界などの本を読み漁りました。

大体5年間で1,500冊ほどです。

当時、使える時間とお金はすべて、幸せの追求に使ったものです。


本を読みながら自分を振り返ると、僕のこころの中には「○○すべき」という固定観念がびっしりと詰まっていることに、気づきました。

たとえば、「時間は厳守すべき」・「人の話はよく聴くべき」・「特に男性は仕事で成功すべき」・「仕事のために努力すべき」・「世の中は敵だらけなので注意すべき」などなど。


これらの固定観念をとても強く持っているものだから、自分に対しても厳しく自分を律するのですが、他人に対しても厳しく要求していました。

自分に厳しいと他人にも厳しくなるんですね。


いずれにしても、これらの固定観念に気づき、それをひとつづつ手放していくという作業を通じて、僕は次第にこころがラクになったんです。

固定観念というオリのようなものに束縛されていた自分から、オリの外へ出て自由に生きる自分に生まれ変わる、という感じです。


やがて気が付いたら、自分にも優しくするし、他人にも優しくするようになっていました。

何よりも、日常生活がこころ穏やかに送られる。

「ああ、こころの在り方ひとつで、こんなに違うんだ!。。」って思いました。

固定観念を手放すと本来の自分が見えてくる

こんな感じで、自分が持っている固定観念を次々に手放しては、こころがどんどんラクになるのを実感していました。

そして、固定観念を手放すと、『本来の自分』が見えてくるんです。


固定観念は大抵は幼少期から青年期ころまでに、身につけています。

主に親兄弟や学校の先生から刷り込まれる『○○すべき』、それが固定観念です。


刷り込みを非難しているのではないですよ。

社会生活を送るために、固定観念はある程度必要なものです。

『道路は注意して渡るべき』という固定観念が無かったら、僕はとっくに車にひかれているでしょうしね。


だけど、これまで人生を頑張って頑張って生きてきて、限界が来たときは、自分を振り返ってみるといいです。

自分は、固定観念にがんじがらめになっていないか?ってね。


繰り返しになりますが、固定観念は親兄弟や学校の先生から、後天的に刷り込まれたものです。

生まれたての時には、固定観念なんて持っていなかった。

つまり、固定観念を手放すことで『本来の自分』が見えてくるんですよ。


僕が当時気づいた『本来の自分』は、静かでしなやかで穏やかに楽しくて。。という感じでした。

抽象的な表現ですが、とにかく、それまで自分で思っていた『自分像』とは全く異なるものでしたよ。


長い人生を生きる間に、いつのまにか『本来の自分』を見失っていた、ということですね。

本来の自分が見えたら自然な生き方ができる

『本来の自分』を生きるのは、とても楽しいことです。

自分にムリしていないからね。

それは、刺激的でスリリングな楽しさというよりは、静かで穏やかな楽しさ、という感じです。


以前の日常は、あわただしく通勤電車に乗って職場について、あわただしく仕事をこなして、ロクに味わいもせず昼食を食べて。。という感じでした。

『本来の自分』を生きれば、生活はもっと穏やかで落ち着いたものになります。

生活のひとつひとつを、楽しみながら味わいながら丁寧に生きることが出来るんです。


それは、以前の僕には想像もできない、静かで穏やかな平安の世界でした。

本当の意味で、人生の楽しさに気づいた瞬間だったのだ、と想います。


さて、色々書きましたがいかがでしたでしょうか?参考になればうれしいです。では、またネ。

あなたの今日に穏やかさが訪れますように(祈)

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投稿者: minamo

■地方の国立大学を卒業して、大手化学系企業に就職 ■かつて、うつ病で苦しみ彷徨い、真の幸せを探究する ■2020年7月に『いのちの本質』に気づく ■瞑想、散歩、読書を愛するアラフィフ世代

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