この世での役割

この世にはたくさんの『役割』が存在します。

それは、職業でいうと、パン屋さん・料理屋さん・修理屋さん・コンサルタントなど。

会社でいうと、社長・部長・課長・係長・一般社員など。

家庭でいうと、妻・夫・父親・母親・子など。


ほかにも、めっちゃたくさんありますよね、それこそ無数に。

この世は『分業体制』だということが、解りますね。

そもそも『分ける』ことは無い

このように、普段の僕たちが生きる世界では『分ける』ということは、ごくごく普通の行為であり考え方ですね。

しかし、もうひとつの世界というのがあってね、それを『大いなる存在』の世界と呼んだりします。


『大いなる存在』の世界は、普段の世界とは全く異なる、静かで平安な世界です。

そして、普段の世界をこの世に生み出している、根っこ・本質・根源である世界です。


さらに、『大いなる存在』の世界では、『分ける』という概念はありません。

なのに何故、普段の世界に『分ける』という概念が創られたのでしょうか?

この世のすべては苦しみ

それは『分ける』ということが、『比較』を生み出すからです。

そして、『比較』することが苦しみである、と僕たちが気付くためです。

さらには、その苦しみから生まれる様々な感情を経験するためです。


僕たちはこの世において、それはそれは沢山の経験をします。

楽しいこと、辛いこと、とても許せないこと。

あなたも、きっと抱えきれないくらいの経験をされてきたことでしょう。


辛いことやとても許せないことが、苦しみであるというのは分かりやすいですね。

でも実は、楽しいと思っていることも苦しみなんですよ。

楽しいと思っていたことさえも、いずれ、楽しさを失う不安という苦しみが訪れるわけですから。

こうして考えると、この世のアレコレはすべて苦しみと言えますね。

『覚醒』により苦しみを手放す

ところが、『覚醒』の状態では、『分ける』も『比較』も在りません。

だから、苦しみも在りません。

そもそも、苦しみという概念自体が、消滅しています。


『覚醒』とは普段の世界から脱却し、自我を超え、『本当の自分』に気づくことです。

覚醒の世界は、静かで穏やかで平安の世界です。


『覚醒への道』は人それぞれですが、僕の場合は次のような過程でした。ご参考になればうれしいなぁ。

(1)幸福を求めながら、『幸』と『不幸』を経験します。また、自身の『役割』を二元論で解釈している状態です。

(2) 『幸』でさえも実は苦しみなのだと気付きます。この世には苦しみしかないことに絶望する場合もあります。
↓ 
(3) 『苦しみ自体が幻想』なのだと気付きます。二元論が随分崩壊しています。

(4)幻想を生み出す『自我』が溶けて、全てを司る『大いなる存在』を体感レベルで観じます。すなわち『覚醒』の体験です。

(5) 『覚醒』の状態にいつも在れるように日常を生きます。いわゆる『悟後の修行』です。
自身の『役割』の真実が解り、それに沿って生きることになります。

すべては必然だからこそ生き切る

実は、この世であなたに与えられた『役割』は必然です。

それは、あなたが『真の役割』に気付くために、『大いなる存在』が整えた完璧な『役割』なんです。


そして、その『役割』を、心より受け入れ、一瞬一瞬を全うすることが、すでに『覚醒への道』と言えます。

それは、この世を生き切るということです。

そしてそれこそが、死ぬ間際に「良い人生だった!。。」と味わい深く感じることのできる人生なんだと想います。

あなたの今日に気づきが訪れますように(祈)

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投稿者: minamo

■地方の国立大学を卒業して、大手化学系企業に就職 ■かつて、うつ病で苦しみ彷徨い、真の幸せを探究する ■2020年7月に『いのちの本質』に気づく ■瞑想、散歩、読書を愛するアラフィフ世代

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