いつもの『死生観』と異なる世界がある

早朝に、モーニングルーティンの散歩をしてきました。

新型コロナウイルスの影響で時差通勤が推奨されているせいか、以前より、朝の早い時間からスーツ姿の会社員を数多く見かけます。

僕の前を歩いている男性の会社員の後姿を見て、思いました。


「この人がいま死んでも、僕は依然として生きている」

「僕がいま死んでも、この人は依然として生きている」

「このような感覚って、ごく普通の当然の感覚なんだよなぁ。。」


社会では、毎日、当然のように沢山の方がお亡くなりになっています。

そして、新しいいのちも沢山誕生していますね。


僕たちは、新しいいのちが生まれては喜び、大切なあの人が亡くなっては、嘆き悲しむ。

そのことは、ごく当然の感覚であり、なんら異常なものではありません。

いのちの誕生と消滅に対して、様々な感情を抱くのは、人間らしさだともいえますしね。


「いのちは有限であり人間はいずれ死ぬ」と思うからこそ、人は限りあるいのちを、目いっぱい生きようとしますしね。

それは、そうなんですが。。

永遠なる『いのちの仕組み』

例えば、知人がお亡くなりになったとしますね。

確かに知人の心臓の動きは止まり、精神活動も停止する。

放置すればやがては腐敗し、土に還る。

その様子を見ると、あたかも、知人が『死んだ』ように思えます。


しかし、知人はなぜ『死んだ』のでしょうか?

寿命が来たからですよね。

僕たちは、寿命をコントロールできない。


来るべき時が来ないと、決して死ねないし、来るべき時には死ぬしかない。

自殺したとしても、そのことは変わりません。

手首を切っても、絶命の瞬間がいつ来るのかは、あくまで寿命次第なんです。


では、その寿命を采配しているのは、いったい何なのでしょうか?

それこそが、『いのちの仕組み』です。

『いのちの仕組み』は五感では捉えられません。


目には見えないし触れないし香りも味もしない。

ただただ、静かに僕たちの『生死』を采配し司っているんです。


僕たちは、『いのちの仕組み』の采配から逃れることはできないし、『生死』がいつ来るのか、決して分からない。

しかし、だからこそ、いつか必ず無くなるいのちを懸命に生きることが出来ます。


そしてこの『いのちの仕組み』は永遠不滅です。

いままでも、いまも、そしてこれからもずっと、僕たちの『生死』を司ります。

僕たちが「自分はいずれ死ぬ」と思っているような、有限のいのちではありません。

あくまでも、永遠不滅の『大いなる存在』なんです。

本当は僕たちは『いのちの仕組み』

さて、さらに一歩深堀りしますね。

実は、本当は僕たちは死にません。

本当は、僕たちの『本質』は、『いのちの仕組み』そのものなんです。


『いのちの仕組み』は永遠不滅ですから、僕たちは死なない。

僕たちは永遠不滅の存在なんです。

『死』というのは、僕たちの『自我』がアタマの中で想起している概念に過ぎません。

そして『自我』がいつか訪れるであろう『死』を怖がっていたりするんです。

だけど、本当は違う。


本当は僕たちは死なないし、本当は生まれてもいない。

ずっと、いままでも、これからも『いのちの仕組み』として存在し続けるんです。


この世を安心して生きる

2011年のある日、僕は突如、このことに気づきました。

僕たちの本質は大いなる『いのちの仕組み』であり、『生』も『死』も無いということに。

そしてその存在の世界では、すべては『ひとつ』であり、静かで穏やかで平安そのものだということに。


このことに気づいてから、僕は人生が劇的に変わりました。

安心して穏やかに日々を生活できるようになったんです。

それまでは、『自我』に振り回され、怒りの感情にまみれたり、不安と恐怖におびえたりする毎日でした。


僕たちが『いのちの仕組み』そのものである、ということに気づくためのカギは、リラックスにあります。

人生がツラくなったなら、緊張している自分に気づいてあげましょう。

そして、できる範囲からでよいので、自分をいたわってみよう。

自分をいたわっているうちに、やがてリラックスの波が訪れるはずです。


もし緊張が解けなくても、そんな自分を愛してあげていいんですよ。

あなたは、『いのちの仕組み』に愛された存在であり、同時にあなた自身が『いのちの仕組み』そのものなのだから。

あなたの『本質』は永遠不滅の存在なんです。

どうか、いまこそ、安心して人生を生きてくださいね。では、また。


あなたの今日にいのちの息吹が聞こえますように(祈)


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投稿者: minamo

■地方の国立大学を卒業して、大手化学系企業に就職 ■かつて、うつ病で苦しみ彷徨い、真の幸せを探究する ■2020年7月に『いのちの本質』に気づく ■瞑想、散歩、読書を愛するアラフィフ世代

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