「自分のいのち」という感覚

僕たちは『いのち』を大切にしますね。

「かけがえのないいのち」、「いのちは地球より重い」など、いのちの大切さを強調するフレーズや考え方はたくさんありますよね。

ごく当然だと思いますし、僕自身もいのちを大切にして、この人生を生き切りたいと思っています。


しかし、この『いのち』って誰のものなのでしょうか?

ふつうは自分のものだと思っていますよね?

「僕のいのちは僕のものだし、あの人のいのちはあの人のもの」と考えるのが普通の感覚だと思います。


『自我』による所有感覚

この感覚を生み出しているのが『自我』です。

『自我』とは「いま、確かに、自分はここに居る」、「自分こそが考えたり感じたりしている主体そのものである」という感覚です。


その『自我』が「僕のいのちは僕のもの」と考えているわけです。

『自我』は所有欲のカタマリです。本当はすべてのものを自分で所有して安心したいんです。

所有欲の中でもひときわ強いのが、いのちに対する所有欲です。

いえね、いのちに対する執着を捨てましょうとか、いのちを粗末にしてもいいとか言いたいわけではないですよ。


あくまで『自我』は所有欲のカタマリであり、いのちに対する所有欲も『自我』にとっては例外ではない、ということです。


あなたの本質は『自我』でなく『いのち』

でもね、このブログで何度も言ってきましたが、実は『自我』って幻想のようなものなんですよ。

その『幻想』のような『自我』が「所有している」と思っている『いのち』って何でしょうね?


実は、『自我』が「所有している」と思っている『いのち』って、これまた幻想のようなものなんですよ。

『いのち』って、実は所有できないんです。

だから、「僕のいのち」というのはあり得ないんです、本当は。


本当はね、あなた自身が『いのち』なんですよ。

あなたの本質は『自我』ではなくて、『いのち』そのものなんです。

あなた自身が『いのち』なのだから、あなたは『いのち』を所有なんて出来ないんです。

つまり真理は「僕いのち」ではなく、「僕いのち」だということです。


いのちはひとつ

それともう一つ大切なことがあります。

いのちは所有できない。あなたが『いのち』を所有しているのではなく、あなた自身が『いのち』なのでした。

そして、実はあなたという『いのち』も、あの人という『いのち』も、すべて一緒なんです。


『いのち』はひとつなんです。

つまり本質的には、あなたもあのひとも、ひとつのものなんです。

大きな(本当は無限の)ひとつの『いのち』が、そこに在るんです。

そして、この『ひとつのいのち』は、永遠の存在です。


あなたもあの人も、本質的にはひとつであり永遠。このことを『ワンネス』と言ったりします。

普通の感覚で生きていると、本当に腹の立つことも多いかもしれません。

しかし『ワンネス』の感覚を想いだせば、少し気持ちに余裕ができると思います。

よろしければ、日常生活で試してみてネ!(#^.^#)


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投稿者: minamo

■地方の国立大学を卒業して、大手化学系企業に就職 ■かつて、うつ病で苦しみ彷徨い、真の幸せを探究する ■2020年7月に『いのちの本質』に気づく ■瞑想、散歩、読書を愛するアラフィフ世代

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